「溺れる人」 & 塚本晋也特集 2002/06/13

 塚本晋也。一人で、それも一作品の中で、監督・脚本・製作・撮影監督・美術監督・照明・編集・主演までこなしてしまう超人クリエーター。プリンス、いや、元プリンス?もびっくりのマルチぶりだが、だからこそ、彼が監督した作品では、今までに観たこともないような映像世界やストーリーが完璧にコーディネートされている、とも言える。
、そして最近注目すべきは、彼の一俳優としての側面と図抜けたその才能。一見おとなしい青年に見えるのだが、その目つきには独特の陰と欺瞞が満ちている。そうした彼の風貌を他の監督の包丁に委ね、一表現者としてスクリーン上で料理されることを楽しんでいるかのように、「双生児」監督後は、「完全なる飼育」を皮切りに他監督作品への主演・助演としての出演が続いている。
 そして現在、彼のその俳優としての存在感を存分に堪能できる新作「溺れる人」が東京で公開されている。今回は、この怪監督にして怪優、塚本晋也を特集してみよう。
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■「溺れる人」(2000) オススメ度★★★
監督/一尾直樹 出演/片岡礼子、塚本晋也、火田詮子
<東京渋谷ユーロスペースにて公開中、大阪扇町ミュージアムスクエア7/20公開、松山シネマルナティック8月公開予定>
◆あらすじ >>>>>>>>>>>>>
 ある夜、風呂場で妻が溺れていた。気付いた夫はしかし、なぜか冷静である上に、彼女を蘇生しようとも通報しようともせず、ただ一夜を飲み明かす。翌朝、妻は何事もなかったかのように生きていた。あれは夢だったのか・・・?否。一方、その間に妻は不思議な夢を見ていた。
◆みどころ >>>>>>>>>>>>>
 これが文字通り、見たままのドラマだとは思わない。何かの隠喩。それが何か・・・。ストーリーの飛躍もあってかなりの難解さがあるが、夫が妻への愛に溺れていた、そのことだけは確かである。溺れすぎると、何も見えなくなる。溺れられている方も、その状態に甘えていた。いつまでもその幸せが続くと思っていた。しかし、その楽園にも変化の足音が近づいていた。そして我に返った二人・・・
 本作の見どころは、何と言ってもインディペンデンス映画界二大巨頭である塚本晋也・片岡礼子の共演、それも夫婦!というキャスティングの妙。少々サービス精神に欠ける作品であろうが、この二人を同時にスクリーンで拝めるだけでも映画館に足を運ぶ価値があるというものだ。そして、今ひとつストーリーに釈然としないまま帰宅することになること必定なのだが、これが映画の善し悪しを離れて、妙に印象に残る。風呂場を見ても、ベランダを見ても、その度にふと「あれは幻想だったのか?否。では一体・・・」と思い出してしまう。そんなトラウマ映画なのだ。
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 次いで、俳優・塚本晋也を楽しむなら是非とも見逃して欲しくないのが以下の2作品。これらのほか、「完全なる飼育」(★★★★☆)「殺し屋1」(★☆)「さくや妖怪伝」(★★★★☆)などで味わい深い演技を見せている。
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■「サンデイ ドライブ」(1998) オススメ度★★★★☆ ビデオ化
監督/斎藤久志 製作/塚本晋也 出演/塚本晋也、唯野未歩子、田中要次
 ビデオ屋店長(塚本)とその女店員(唯野)は、ものの弾みで共犯関係になってしまい、店長ウハウハ手に手を取っての逃避行が始まる。
 名優・塚本が汚れた大人の歪んだ純愛をブラックかつキュートに演じる。そして、その愛を一心に受けるニュートラルな女にこれまた個性派・唯野がハマリまくり。思わず「ラヴリィ ドライヴ」と呼び違えてしまいそうなほど、愛すべき小さな小さなロードムービーのできあがりだ。
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■「とらばいゆ」(2001) オススメ度★★★ 
監督/大谷健太郎 出演/瀬戸朝香、塚本晋也、市川実日子、村上淳
<北海道、大阪、神戸、岡山、松山、福岡ほかで続々公開(東京終了)>
 プロ棋士としてしのぎを削る姉妹と、そんな彼女たちの安らぎでありたいと努力する夫や恋人。職業一般サラリーマン家庭や恋人同士とはちょうど男女が逆転したような二組のカップルの交流から、結婚とは、家庭とは、男女が共に暮らすことの意味とは何かについて問いかける。塚本晋也演じる棋士の夫の不器用な献身ぶりが切なくも愛おしい。そして、前半・中盤・そしてラストでの瀬戸朝香の見せる表情の変化にもぜひ注目して欲しい。
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 さて、監督・塚本の代表作と言えば、何と言っても以下の2作品。このほか、「プロジェクトX」のナレーションで一躍ブレイクした田口トモロヲが塚本とともに主演する奇作「鉄男」「鉄男U」、これらと同根で全編殴打シーンで埋め尽くされた「TOKYOフィスト」がある。
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■「双生児」(1999) オススメ度★★★★
出演/本木雅弘、りょう、筒井康隆、浅野忠信、田口トモロヲ、竹中直人
 原作は江戸川乱歩の短編だが、ストーリーに直接の関係はなく、単なるモチーフ。ほぼ監督のオリジナルと言っていい、ある種実験的作品だ。
 とにかく泣きそうになるぐらい「怖い」映画だ。一口に怖いと言っても、オカルト・エログロの怖さではなく、観る者を精神的に追い詰める怖さ。塚本作品恒例のウジ虫映像は序の口。出演者全員眉がなく、ために彼らの心の動きが読めないことから来る不安感。アフレコによる場面と音量の不整合がもたらす遠近感の喪失。これが効果的なBGMと相まって背後に迫る気配を強調し、観客も登場人物と恐怖を共有させられてゆく。富家と貧民窟という対立の構図に投影される、人間の内なる二面性もまた、怖い。
 この作品で女優としての才能を開花させたのはりょう。彼女の容貌と立ち居振る舞いが醸し出す<違和感>が全編を支配する。そして、彼女の存在感を際だたせる名優・麿赤兒の舞台で鍛え上げられた演技がまた素晴らしい。
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■「BULLET BALLET/バレット・バレエ」(1999)★★★★
出演/塚本晋也、真野きりな、中村達也(ブランキー・ジェット・シティ)、鈴木京香、井川比佐志、田口トモロヲ
 長年同棲していた恋人を拳銃自殺で失った男が、その死の意味を知るために自ら拳銃入手に奔走し、少年たちの暴力に支配される都市の闇へと深く身を沈めて行く。そこで男は暴力集団のマドンナ的な一人の少女に出会う。死を願い生存を恐れる二つの魂は不可思議に交錯し、やがて意外な結論へと導かれて行くことになる。。。
 「鉄男」シリーズに「TOKYOフィスト」と、面白いがカルトの域を抜け切れていなかった監督が、初めて一般大衆と共通言語を持つに至った、非常に洗練された作品。
 妻の死→死に場所探し→生への回帰という明確なストーリー展開。暴力と純愛という対極的要素の絡み合いの妙。膨大な数のカットを駆使した破壊的映像と並行して、生への回帰が死への恐怖を掻き立てるという微妙な心理の変化を繊細に描くことにも成功した。モノクロという手法の選択もグロテスクさの抑制に効果を発揮している。
 俳優陣がまた秀逸。背中に中年の哀愁を漂わせる主演塚本はもちろん、ピュアさ、カリスマ性、娼婦性を併せ持つ真野きりなの不思議な存在感は見事。そして何より特筆すべきは、ロックミュージシャンで映画初出演である中村達也の圧倒的カリスマ性。内田裕也+豊川悦司+原田芳雄=中村達也。こんな方程式が成り立ちそうなゾクゾクする魅力を発揮している。

<koala>

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