青山真治監督特集 2002/08/04

 今、カンヌ映画祭でダブル受賞した「EUREKA(ユリイカ)」が東京・吉祥寺バウスシアターにてリバイバル上映されています。3時間40分にも及ぶこの大作、既にDVDも発売にはなっていますが、やはりクロマティックB&Wと銘打たれたその素晴らしい色調はスクリーンで観なければ味わえないもの。今回の上映が映画館でこの作品を鑑賞できる当面のラスト・チャンスとなりそうなので、ぜひこの機会を逃さぬように。
 ということで、今回は「月の砂漠」の公開を秋に控え、そのヒロイン・とよた真帆と電撃結婚を果たした幸せいっぱい・青山真治監督の過去作品を振り返ってみます。
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「我が胸に凶器あり」(ビデオ作品;1996年)★★★
出演/清水宏次朗、青葉みか、菅田俊、光石研、斎藤陽一郎
 ────────────────────────────────
 隠した「ブツ」のありかを聞き出すためにヤクザ、特殊警察、そして殺し屋に次々と拉致される女を軸として、特殊警察官(清水)とヤクザの依頼で彼を狙う殺し屋との、射撃名手どうしの因縁の対決を絡ませ、小気味いい疾走感の中ストーリーは展開する。
 ブツが何なのか、ヤクザがそれを追う訳、なぜ女がそのブツに絡んでいるのか、特殊警察の正体は何か。。。きちんと説明されていない点をあげつらえばキリがない。でも、そんなことは実はどうでも良くて、3人の男たちと女一人の対立軸さえわかれば十分。単なる思いつきのプロットを詰めもせず撮影してしまったのではないかと疑いたくもなるが、逆にこのディテールの甘さと単純なプロットが、実は観客がアクション映画に対して求めるものの核心を突いているとも言え、何かしらゾクゾクする快感を覚えてしまうから不思議だ。
 ヒロインの青葉みかがヴァネッサ・パラディを彷彿とさせる魅力を放ってGood。殺し屋のキャラクターもB級色満点で快感!
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「チンピラ」(1996年) ★★★
出演/大沢たかお、ダンカン、片岡礼子、青山知可子、石橋凌、寺島進、光石研、斉藤陽一郎
 ────────────────────────────────
 「竜二」の原作・主演で早逝した金子正次の残した原作・脚本を青山監督が蘇らせた。監督第一作。
 ヤクザになる勇気はなく、とはいえイキがっていたい。ずっとプラプラしていたい。そんな愛すべきモラトリアム=チンピラたちの切なく儚い青春を描く。
 ストーリーも面白いのだが、それ以上に、見よ!このキャストの豪華さを!!ひとつの作品の中でダンカン、片岡礼子、青山知可子、石橋凌、寺島進、光石研が雁首揃えるというのは、ちょっとスゴスギ!
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「Helpless」(1996年)★★★
出演/浅野忠信、辻香緒里、斉藤陽一郎、光石研、永澤俊矢
 ────────────────────────────────
 仮出所したヤクザ(光石)は故郷に戻り、自分を裏切り、帰るべき組をも葬った者たちをひとりひとり、まるで使命のように殺害して行き、既にこの世にないオヤジ(=組長)の影を追う。彼の妹は生まれながらに精神の障害を持っていて、兄は彼女のことだけが気がかり。仕事が終わるまで彼女の体とある荷物を預かったのは彼の親友(浅野)。彼もまた、精神を病んだ父を病院に入院させている。そして彼女を連れて親友の帰りを待つ間に、父の自殺を知らされる。。。
 若い世代を描いているのにも関わらず、全編に満ちるこの虚無感と絶望感はなんなのだろう。生涯を夢の世界で過ごす親友の妹を連れて歩み去る青年の姿を写す終幕は一見、展望を感じさせるが、一体彼らの行く先にどんな明るい世界が待ちうけているというのか。主を失ったまま走り去るヤクザの車は、その魂をどこへ運び去ろうというのか。彼が現世に残した無念とはなんだったのか。唯一の救いは、意外にも""正気""を持たないためにすべての痛みや衝撃から完全なる自由を保つこの妹の存在か。しかし彼女も、兄の命とともに見失った""ウサギ""の影を追い続ける。
 何らの解答をも与えずに映像はエンドロールへと切り替わる。そしてこのテーマは四年の時を経て、「ユリイカ」へと引き継がれて行くことになる。
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「冷たい血」(1996年)★★★
出演/石橋凌、鈴木一真、遠山景織子、永島暎子、柳ユーレイ、斎藤陽一郎
 ────────────────────────────────
 オウム真理教の村井幹部射殺事件をモチーフにした心理劇。
 新興宗教の幹部殺害現場に居合わせ、犯人追走中に逆に撃たれて重傷を負う刑事・嵯峨(石橋)。そしてこともあろうに、現場に放置されている間に彼の拳銃が何者かによって奪われてしまう。日々の不安に耐えかねた妻(永島)に去られ、仕事も失った嵯峨は、混濁した記憶の中に去来する下駄の足音を頼りに独自の犯人探しを始め、犯人の元恋人・喜美子(遠山)に辿り付く。犯人は,彼女への愛を証明するために殺人を繰り返していたのだ。
 時間軸を自由に行き来する、どこか幻想的な構成に身を委ねる中で、愛や人生の意味をぼんやりと考えさせられる作品。荒っぽいつくりだが、前作「Helpless」や後作「EUREKA」に通じる監督の心の探求過程を感じさせる。
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「WiLd LIFe jump into the dark」 (1997年)★★★★
出演/豊原功補、夏生ゆうな、國村隼、光石研、ミッキー・カーチス
 ────────────────────────────────
 ボクサーを辞め、人生の目的を見失いかけていた頃津村社長(カーチス)に拾われ、以来パチンコ台販売業兼クギ師として、5年間毎日判で押したような生活を続けてきた酒井(豊原)。ところが、以前の同僚・水口がひょっこり現れ、二人に暗い計画を熱く語って以来、この静かな生活は破壊され、伊島という京都のヤクザ(國村)に付け回され始める。プライベートでも、ひょっこり舞い戻った社長の娘(ゆうな)が気になり始める。
 こうしてサスペンスタッチで始まる本作だが、夏生ゆうなのホンワカキャラが伝染するかのように全体にトボケタ雰囲気が支配し、終わってみればとってもラブリィでハッピーな物語として好印象を残す。
 とにかく日本映画の若きミューズ・夏生ゆうながいい。カワイすぎる。そんな彼女に惚れられる酒井が妬ましい。このコにベティちゃんのようなつぶらな瞳で上目使いに見上げられると、男なら誰しも、すべてを賭けて守ってあげたくなってしまうこと必定だろう。そして豊原の不器用さ、國村の胡散臭さとクレバーさ。俳優の個性を生かし切った快作だ。
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「シェイディー・グローヴ」(1999年)★★★
出演/粟田麗、ARATA、関口知宏、光石研、斉藤陽一郎
 ────────────────────────────────
 「君は自分のことばかり考えている」の捨て台詞と共に恋人に捨てられた結婚願望の強い女(麗)。理由がわからない彼女は深夜に当てずっぽうに電話をかけては一方的に苦しい心中を話すということを続ける。悪戯電話だと怒る人々の中で、彼女のコールはひとりの心優しい青年の許へと辿り付く。ぎこちなくも心惹かれあう二人。でも彼女には彼氏のことしか頭になく、探偵まで雇って行為は次第にストーカーティックにエスカレートしてゆく。ところがある日、彼氏は突然彼女にプロポーズ。この過程で、結婚というものが<世間体>なるもののみに支配されていることが浮き彫りになってゆく。知らず知らずのうちに両親の気に入りそうな人を選んでしまう愚。海外栄転に合わせての箔付け、社会的信用のために結婚を選択する愚。
 粟田麗嬢が思い込みの激しいヒロインを熱演。監督の演出はファンタジック。
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「路地へ〜中上健次の残したフィルム」(2000年)★★
(吉祥寺・バウスシアターで8/10-8/30上映予定)
 ────────────────────────────────
 路地・・・かつて被差別部落と呼ばれた集落に自己のアイデンティティを感じ、作品の舞台として取り上げつづけた作家中上健次。彼の故郷である新宮市からその集落も、路地も消え去ることとなる直前し、彼はその母なる町並みを自らフィルムに収めていた。本作では、そのフィルムに、映画作家井土紀州が自らの故郷三重から新宮へと旅し、中上の作品を朗読する映像を交えて、中上の起源を辿る。
 中上のフィルム以外の,今回作りこんだ部分は、単に車窓からの景色を長回しするだけの映像と、決して情感あるとはいえない井土の朗読という、いささか冗長で中途半端な尺に終始する。井土と中上の接点も見えず、朗読内容と映像との整合性もない。短編とは言え、いささか退屈ではあるが、中上が描きつづけた故郷の集落が、新宮市を分断していた山地とともに今は跡形もないという事実だけは重く記憶に残る。ぜひ中上健次自伝的三部作を読破してから観賞してもらいたい。
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━
■「EUREKA(ユリイカ)」(2000年)★★★★★
出演/役所広司、宮崎あおい、宮崎将、斉藤陽一郎、光石研、国生さゆり、利重剛、真行寺君枝、尾野真千子、松重豊、塩見三省
 ────────────────────────────────
 田中正毅の発案で世界で始めて採り入れられ、カンヌでも驚きと絶賛を博した映像色彩処理技術""クロマティック・ブラック・アンド・ホワイト""(=彩色白黒)。基本的にはセピアカラーのような白黒映像なのだが、かすかに被写体の天然色が残っていて、夢でみた映像の記憶ような不可思議で美しい映像。これが、忌まわしい記憶の支配下に置かれて苦しむ主人公たちの目を通した世界を見事に表現している。そして終幕、言葉とともに心を取り戻した梢(宮崎)の佇む大観峰の映像は美しい変転を遂げる。この瞬間が、なかなか気付かないのである。それはまるで、主人公の心象そのものだ。はっと気付けば、もとの自分に戻っていた。心のスイッチが切り替わる瞬間は、本人にも分からない。
 九州出身俳優を多用し、全編九州でロケを敢行。台詞がほとんどない難役にも関わらず恐るべき存在感を示し、欧州をJ・フォスターの再来と唸らせた宮崎あおいの演技に注目。兄役はあおい嬢実兄の将。


koala TOP koalaの映画三昧 TOP koalaのミニシアター 映画メルマガ「movie times」 掲示板