中上健次特集 2002/08/24

 中上健次という小説家をご存知だろうか。8/5号で特集した「路地へ」でドキュメントされている、あの健次である。紀州・新宮を舞台にした自伝的小説で知られ、たびたび部落差別の問題をその中に織り込んで描いたことでも知られている。また、晩年には引退後復帰した歌手・都はるみとの親交でも名を馳せた。あるいは最近では、スーパースター・宇多田ヒカル嬢が愛読していることでも有名だ。
 彼の小説は、一言で言えば非常にサービス精神を欠いている。難解で耳慣れない紀州訛りが台詞に多用され、文体もクセが強く、場面場面での状況説明も充分ではない。相性もあるのだろうが、志賀直哉とはまた違った難読さを呈している。
 しかし、敢えてその半ば閉ざされた小説の扉を開いてみると、その中に描かれているのは、血や土地に縛られてうごめく者たちが繰り広げる閉塞感溢れる人間ドラマだ。道一つ、線路一本のみで外界と繋がった街。歴史と血と家族の中で、生まれたときから決まっているかのような一生。その中で日々仕事に女に喜びを見出しつつも、次第次第に鬱積してゆく内なるエネルギー。その爆発は、唐突でありかつ、必然でもある。この退廃的かつエネルギッシュな小説世界は彼独特のもので、文章の難解さが気にならなくなり始めた頃、読者はその世界の虜になる。
 彼の描く、ムラ社会独特の、「秘密」が成立しない逃げ場のない世界で、恥も罪もさらして逞しく、あるいはひっそりと生きる者たちの裸と裸のぶつかり合いが生み出す生々しい男女関係・人間関係が創作意欲を沸き立たせるのだろう、彼のフィクション性の高い作品群は、藤田敏八や神代辰巳など、社会の片隅で生きる男と女の小さくも奥深いドラマを得意とする監督たちによって映画化されてきた。脚本の多くは中上自身の手によるもので、彼自身映像への興味が強かったことを物語っている。
 そして彼は実際、自らの手で、消えゆく故郷・新宮の「路地」と呼ばれた被差別部落をフィルムに収めもしている。それが今、「EUREKA」でカンヌに名を刻んだ名匠・青山信治によって発掘され、自伝的小説の中での健次自身である<秋幸>が通った新宮から外界への道の""今""を辿る映像を交えて「路地へ」という記録映画として全国で公開されている。
 この記録映画自体は、健次の小説同様娯楽としてのサービス精神には欠けるものではあるが、自らの出生の地を否定せずに記録に残そうとした健次という人物に興味を抱かせるには充分なものである。この機会に、健次原作の映画群に触れ、そして興味が沸いたならぜひ、彼の小説にも挑戦してみて欲しい。中でも「鳳仙花」「岬」「枯木灘」などの自伝的作品群は、ぜひとも読み通されることをオススメする。映画「路地へ」は、彼のこの自伝作品を読む前に見ても、読んでから見ても、それぞれに違った楽しみ方ができるので、地元での公開チャンスが逃さずに鑑賞してもらいたい。
 なお、東京では吉祥寺バウスシアターにて、貴重なビデオ作品の「すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために」「焼跡のイエス」を含め、健次原作の映像を目下特集上映中。
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■「路地へ 中上健次の残したフィルム」 (2001) ★★ 監督:青山信治
朗読作品:「日輪の翼」「奇蹟」「岬」「枯木灘」「千年の愉楽」「地の果て至上の時」
<<<既報につき省略。詳しくは8/5号「青山真治監督特集」またはkoalaHPを参照>>>
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■「青春の殺人者」(1976) ★★★ 監督:長谷川和彦 
製作:今村昌平 音楽:ゴダイゴ
出演:水谷豊、内田良平、市原悦子、原田美枝子、桃井かおり
 父親に幼なじみの少女との交際に反対された上彼女の忌まわしい過去を暴露された青年は、幼い頃の少女の純潔を奪った彼女の継父の姿を自分の父に重ね、衝動的に殺害してしまう。そしてこの事実の隠匿と引き替えに彼の将来を拘束しようとした母をも殺害。父にあてがわれたスナックを焼き払い、少女とも別れて、青年は一人どこへともなく去って行く。。。
 親の存在の克服と、女性の純潔性に対する幻想の放棄・・・少年が大人へと脱皮する際の通過儀礼をデフォルメして描いた原作の強いタッチが光る。
 茫然自失のまま殺人を重ね、平然と後始末する青年の狂気を水谷が好演。対して、彼が恋する少女を演じた原田は、豊かな胸を惜しみなく晒した体当たり演技の度胸は認めるものの、「大地の子守歌」同様、「順ちゃ〜ん、順ちゃ〜ん」と青年を呼び続ける台詞回しの一本調子さには辟易。演出意図か彼女の演技力不足なのかはわからないが、状況をわきまえない彼女の単調なトーンが折角の水谷の好演を台無しにしてしまった感は否めない。
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■「赫い髪の女」(1977)★★ 監督:神代辰巳 音楽:憂歌団 原作:「赫髪」
出演:宮下順子、亜湖、石橋蓮司
 ダンプ運転手(石橋)と、道中彼に拾われた赫い髪の女(宮下)。夫がいるらしいという以外何も知らぬまま、運転手は女を家に住まわせ、愛欲の日々を送る。彼女を愛してしまったことを認めたくなくて、運転手は女を足蹴にし、また、友人に抱かせもする。しかし、その後には、罪の仮借を雪ぐかのようにいっそう強く彼女と愛し合う運転手の姿があった。。。
 遣らずの雨の中打ち続く愛欲の無間地獄。結末がない分、「ラスト・タンゴ・イン・パリ」を凌ぐ。
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■「十八歳、海へ」(1978) ★★★★ 監督:藤田敏八 音楽:チト河内
出演:永島敏行、森下愛子、小林薫、島村佳江、下条アトム、小沢栄太郎
 東京の予備校で知り合い、恋に落ちた成績No.1の女生徒(森下)と最下位の男子生徒(永島)。暴走族の入水遊技をまねて無邪気に自殺ごっこをする二人だが、、大学入学と共に約束された別れ、貧しさから来る失望、多浪への不安が次第に重くのしかかり、狂言自殺は次第に真実みを帯びて。。。
 森下と永島が、刹那的で、幼くはかない18歳男女の恋を見事に演じている。著名な医者である親が進めた裏口入学の発覚で家を出た屈折した多浪青年を演じる新人・小林もいい。
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■「十九歳の地図」 (1978) ★★★ 監督:柳町光男 
出演:本間優二、蟹江敬三、沖山秀子、山谷初男、原知佐子
 住み込みで新聞配達をする予備校生は、配達地域の詳細な地図に書き込んだ軽蔑すべき顧客の家に×印を書き込んで行く。そして向上心のない同僚たちにも見下した視線を投げかける。自らがその軽蔑すべき人種の住む社会の一員であり、見下されるべき底辺の人間であることから目をそらし、否定するために、毎日、毎日、その作業に没頭する。
 一見平等なこの日本社会で、底辺に生まれついた者、底辺に落ちた者たちの真の呻きが聞こえてくる。
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■「火まつり」 (1985) ★★★★ 監督:柳町光男 音楽:武満徹
出演:北大路欣也、太地喜和子、宮下順子、三木のり平、森下愛子
 中上原作映画中、最も完成度の高い作品である。
 海中公園建設計画が持ち上がった新宮近くの小さな漁村が舞台。主人公は、林業を営むヤンチャな青年。村全体が家を売り払っての公園誘致に傾く中、彼は最後まで反対する。生まれ育ち、心と体のよりどころである村が消える。山野を駆け、仲間のリーダー格として幅を利かす彼の今の充実した日々は、この村の海山あってのもの。
 紀勢本線の開通に端を発した開発の波は、彼一人の力ではどうすることもできない。家を売って、保証金をせしめ、しがみつく価値のない村を捨てて新天地へ。村人たちのそんな思いは日増しに高まり、計画地内に広大な土地を持ち、計画を無に帰してしまい兼ねない主人公宅の動向に村人たちの注目は集まり、無言の圧力がのしかかる。そして、最後になるかもしれない火まつりの翌日、実質的に主人公の説得のために開かれる家族会議を前に、悲劇の引き金が引かれる。。。
 主人公に鬱積してゆく感情や、イケスに重油を撒く暗い事件との関連がうまく映像として表現できていないために、ラストシーンが些か唐突に感じられてしまうが、野暮ったさも消え、いい俳優へと成長した北大路欣也が、ヤンチャな幼児性も残しつつ土地の若い衆のリーダー格として、また若き家長として、仕事に、遊びに汗を流す青年の姿を生き生きと演じ、作品を引き締めている。女優陣では、地元和歌山出身とあって、さらに表情を輝かせる太地喜和子が実にいい。村の女たちにタダならぬ警戒感を抱かせ、男たちを虜にしてしまう魔性を見せながら、その陰で男にだまされ、幼い頃の初恋の相手である主人公と肌を温め合うことにささやかな安心を見出す女のいじらしさ、切なさ、悲哀をも表現。物語に説得力を与え、主人公のキャラクターの肉付けに大きな役割を果たしていると言える。
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★「害虫」下高井戸シネマにて9/16〜21に再上映!小倉・浜松上映中。
 http://www.nikkatsu.com/oldmovie/gaichu/theater.html
★猪俣ユキ作・出演の短編映画「ナオと僕」(木下ほうか・三輪明日美共演)が
 水戸短編映像祭コンペ部門にノミネート。9/16に上映!
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~eigasai/
★「富江 最終章」8/31大阪公開。http://www.daiei.tokuma.com/TOMIE/
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