帰ってきた? 我らが行定勲監督 2002/10/03

 昨年、「GO」で柴咲コウ共々各賞を総なめにして一躍スター監督の座に登りつめた行定監督。しかし、彼の古いファンの間では行定=「GO」に違和感を覚える人が多いというのも事実。この作品は、在日朝鮮人の少年と日本人少女との恋という題材の特異性や、朝鮮人学校という知られざる世界にカメラを持ち込んだ斬新さ、そして「ピンポン」で知られる宮藤官九郎の強い脚本によって、張りつめた透明な空気の中で個々の登場人物の心象風景や人間関係を浮き彫りにするという行定カラーが生かし切れずに終わってしまったという印象がぬぐえない。
 しかし、只今公開中の新作「ロックンロールミシン」は、名作「ひまわり」「閉じる日」「贅沢な骨」の延長線上にある、我々保守的な行定ファンには嬉しい原点回帰作。安心感のある快作に仕上がっている。
 行定監督には、「未成年」「学校U」「すももももも」「渚のシンドバッド」「麗霆゛子 レディース 総長最後の日」で助演ながら見事な存在感を示した名女優でもある浜崎あゆみを6年ぶりに銀幕に引き戻した長編PV「月に沈む」が今月末の劇場特別公開を控えており、こちらも期待大だ。
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■「ロックンロールミシン」(2002年) ★★★☆
□出演/池内博之、りょう、加瀬亮、水橋研二、粟田麗、川合千春、永田めぐみ、 津田寛治、つぐみ、三輪明日美、松重豊、SUGIZO、宮藤官九郎
□公開:東京渋谷シネ・アミューズ(公開中)、大阪・テアトル梅田(10/26〜)、神戸・シネリーブル神戸(11/2〜)、福岡・KBCシネマ(11月)
http://www.slowlearner.co.jp/movies/rrm/index.shtml
□あらすじ
 独自のデザイナー・ブランドを立ち上げようと、2人の仲間といっしょに工房で創作活動を始めた服飾デザイナー凌一(池内)。彼と久しぶりに再会した同級生・賢司も、彼らからあふれるエネルギーや夢に影響されて、空しいサラリーマン生活やもつれた恋人との関係から逃避するように工房で多くの時を過ごすようになり、やがてサラリーマンを辞めてしまう。しかし、肝心の凌一にはプロ意識や責任感が決定的に欠けていて、ほどなく工房は資金枯渇で立ち行かなくなる。。。
□みどころ
 この厳しいご時勢に、モラトリアムに仲間を無責任に付き合わせる凌一、彼を真っ向から責めない仲間、仕事からも恋人との関係からもただ逃避する賢司、性懲りもなく舞戻ってきた賢司を受け入れる会社・・・すべて甘い。甘すぎる!しかし、とりあえずやってみる、という人生の予行演習を全く許さない不況下にあって、こんな日だまりのようなあいまいで温かい空間がもしあったら、どんなにか幸せだろう。心強いだろう。もうこれはファンタジーと言ってもいい。その非現実感を、工房のあるアパートに住む不法滞在外国人たちの、明日無き中で精一杯日々を楽しむ姿が一層高める。見終わった時にはこの「甘さ」が受け入れがたかったのだが、時が経つに連れ、彼らの過ごした日々と空間に愛おしさが募ってきた。
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■「ひまわり」(2000年) ★★★★★
出演/麻生久美子、河村彩、袴田吉彦、マギー(ジョビジョバ)、粟田麗
□みどころ
 離れ離れになって10年近く経ったある日、小学校時代の同級生の事故死が報道された。主人公の記憶からは消え去りつつあったその名だが、彼女の死の直前、彼の留守電に彼女の謎のメッセージが残されていた。地元で行われた葬儀に集い思わぬ旧交を温め合うかつての同級生たち。そして、死者の最後の日々や、小学校時代の参列者たちとの関わりについてが、次第に明らかになって行く。その作業の中でおぼろげに、やがて鮮やかに蘇る主人公と彼女との淡い恋の想い出。
 そうした過程が、実に自然で繊細な描写で描き込まれていて、観ている方も胸が痛くなるやら涙が溢れるやら。自分の思い出が知らず映画の登場人物たちのそれと重なって、鮮やかに彩られて行くのに気付かされる。
 数ある「恋人」たちの彼女を見る目は表面的。誰も本当の私を、私自身を愛してくれてはいない。でも、小学校のとき、誰もが暗いと言い、自分でも太陽を拒んでいたはずの私を「ひまわり」だと言ってくれた人がいた。もしかすると、彼だけは、本当の私を、いや、私も知らない私の本質を見つめていてくれたのではないだろうか。浮き彫りになった彼女の最後の日々は、そのように淋しく追い詰められたものだった。でも、主人公やその恋人をはじめ、集った友たちもまたそれぞれに、同じような想いを胸に日々を暮らしている。そうしたところを、説明口調でなく自然に映像で伝える監督の手腕には感服。
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■「閉じる日」(2000年;行定監督独立第一作) ★★★★
出演/沢木哲、前田綾花、富樫真、永瀬正敏、田中要次、大野麻那
□みどころ
 人里離れたロッジに長らく二人だけで済む姉と弟。姉・名雪(富樫真)は売れっ子の女流作家。弟・拓海(沢木)は高校生。そしてこの姉弟には、近親相姦であるとか、親を殺したのではないかなど、悪い噂が絶えない。事実二人には過去に消し難いおぞましい記憶があった。この生き続ける記憶を精算すべく、姉はこの悪夢を小説に綴り、弟は廃屋で一人長い時間を過ごす毎日。そんなある日、拓海の前に、彼に一途な思いを寄せる美しい少女が現れる。時を同じくして、姉にも別の男の影が。自らの小説に追いつめられて行く姉。一方の弟は、彼の許を離れようとしない少女によって、少しずつ記憶の輪廻から解放されて行く。そして遂に姉は・・・でもこれは、このすべての<できごと>は、もしかして幻影?姉弟の共同幻想だったのか?謎をかけるようなラストが余韻を残す。
 音楽はUAのプロデューサーとしても有名な朝本浩文が担当。主題歌を歌う藤田アサミが、誰もいない河川敷でアンニュイに歌うシンガーとして劇中にも再三登場。オリジナルの音楽とのコラボは、師匠の「スワロウテイル」を強く思い起こさせる。
 モデルの(前田)綾花が謎めいた少女を雰囲気たっぷりに好演。本作のイメージをグッと高めている。
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■「贅沢な骨」(2000年) ★★★☆
出演/麻生久美子、つぐみ、永瀬正敏、光石研、田中哲司、津田寛治
□みどころ
 不感症のホテトル嬢ミヤコ(麻生)と、継母に反発して家を飛び出した少女サキコ(つぐみ)。互いの生き方を理解しながら、都会の片隅で身を寄せ合う二人の女性の生活に、ある日、一人の男・新谷(永瀬)が入り込んでくる。新谷はミヤコの客。だが、彼女は彼と寝て初めて「感じて」しまう。そしていつしか、二人は、いや、三人は半同棲を始めるが。。。
 喉に刺さった鰻の骨を取ろうとするミヤコの姿を小さな鉢の中の金魚へと投影させて、生きることの辛さ、孤独、そしてスイッチ一つで命がなくなる儚さを匂わせる。そうした静かで思わせぶりな、でも確実に伝わる行定演出が、前作「ひまわり」同様、ここでも冴え渡る。
 惜しげもなく裸体をさらしてのつぐみの体当たり演技が評判を呼んでいるが、本作を支えているのは、やはり永瀬の不思議な存在感だろう。30代。独身。定職なし。真面目でも遊び人でもない。ただ、そよぐように生きる男。こんなキャラクターを体現できる役者は彼を置いて他にない。
 本作の中で、サキコの父の、「つまり」その後妻のお気に入りのバンドの曲「トーチソング」がアナログレコードで何度も演奏され、サキコと新谷の接点となり、そしてミヤコの嫉妬の原点ともなってドラマの鍵を担うのだが、この曲、実は出演者で組織された謎のバンド「ハンプバックス」によるもの。こうしたあたりは、行定監督が助監を務めた岩井俊二監督の「スワロウテイル」の手法を髣髴とさせる。ちなみにプロデュースは劇中DJとしても登場する朝本浩文で、CD化もされている。
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■「GO」 (2001年) ★★★
出演/窪塚洋介、柴咲コウ、大竹しのぶ、山崎努、山本太郎、大杉漣
□みどころ
 「在日」少年の日常の葛藤を、日本人少女との恋愛を軸に描く。
 窪塚も柴崎も、持ち前の雰囲気をうまく生かした演出のおかげで、非常に輝いている。冷静に観れば演技力不足は歴然としているのだが、そこをポップなムードで包み隠してしまう演出が心憎い。
 本作では、宮藤官九郎のあまりに「強い」脚本がしばしば台頭し、行定監督の持ち味である<張りつめた透明感>を凌駕する。が、すぐにまた監督の色が盛り返す・・・そういった監督と脚本とのせめぎあいが<観戦>できる、とても面白い作品となった。トータルでは、やや脚本が優勢か。でもラストはやっぱり行定カラー。歴代の行定作品とは大きく異なり、劇場のほとばしりとスピード感がみなぎる、少々荒っぽい作品だ。
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□行定勲オールナイト特別上映会「行定勲解体新書」
場所:渋谷 シネ・アミューズ
とき:10/12(土) 23:15開場
スペシャルトークゲスト:行定監督・津田寛治・つぐみ
上映作品:「えんがわの犬」「贅沢な骨」「GO」
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