職業監督への脱皮 篠原哲雄監督特集 2002/10/23

 「命」「木曜組曲」の二監督作が同時公開中の氏。しかし、彼の作品の古くからのファンにとっては、この最新二作にはある種の違和感があるのも確か。が、もう一歩踏み込んで作品を味わってみると、その根底には彼の繊細かつ緻密な演出が息づいていること、またその手腕を見込んで、登場人物の言外の心理描写が一際重要になるだろうこれらの原作だからこそ、彼が選ばれたのであろうことが見えてくる。

■「命」 (上映中) オススメ度:★★★★
出演/豊川悦司、江角マキコ、樹木希林、麻生久美子、斉藤由貴、筧利夫、寺脇康文、平田満、江守徹、岸谷五朗 (見よ!この豪華なキャストを!!)
□あらすじ
 柳美里の同名小説ほか全三作品を原作とする、彼女自身と劇作家・東由多加との共に生きた日々を綴った、ドキュメンタリーと言ってもいいほどに自伝的な物語。
□みどころ
 特に深い感動もないが、柳のファンであろうとアンチであろうと、恐らくは観て良かったと思える作品だろう。
 事実の羅列だけで、この二人の辿った軌跡はあまりにドラマティック。柳自身が自らの人生を小説の主人公として演出したのではないかと疑いたくなるようなあざとさもないではないが、それはある女性が彼女に言った、「あなたには感動した。感心はしないけど。」という言葉に集約されている。そう、彼女の行動には純粋さはないのだが、かといって、誰にも真似のできるものではないのだ。
 たくさんの小さな事実のかけらを静かに紡ぎ上げて行くことを得意とする監督の手法と原作のもつテイストとが見事にシンクロした秀作だ。それを支えたのは、ベテランの名優たち。東の衰弱に合わせて減量した豊川の壮絶な役者魂。脇役でも強い光を放ち、演技力と存在感を見せ付けた麻生久美子に感銘。
 浮気な母親に白い服、恋に生きる姉に青い沈んだ色彩の服、そして如才なく、宿命のストレスに日々苦る妹に赤い服と、見事に内面と矛盾する色彩をあてがった監督の遊び心も楽しい。
 主題歌は安室奈美恵だが、これはミスマッチか。本作を見ていて筆者が自然と思い浮かべたのは、中島みゆきの「雪」だった。

■「木曜組曲」 (上映中) オススメ度:★★★
出演:鈴木京香、原田美枝子、富田靖子、西田尚美、竹中直人、加藤登紀子、浅丘ルリ子
□あらすじ
 ある著名女流作家が、弟子たちの集う晩餐会の最中に服毒自殺を遂げた。4年後の同月同夜、晩餐会に集った弟子たちは、突然届いたあるメッセージをきっかけに、彼女の死にまつわる秘密を次々と暴露しはじめる。しかし、彼女によって巧妙に仕組まれたトリックと弟子たちの旺盛な想像力・創造力によって、証言は、推理は虚か実か、真実の探求は混沌を極める。
□みどころ
 亡き作家の自宅リビングを基本的な舞台として固定した会話劇で、台詞割りや画面内の人物配置などは舞台演劇のそれに近く、テンポ良く畳み掛けられる台詞の掛け合いが心地いい。ただ、まぁ好みにもよるが、殊更に声色や表情を作り込んでの鈴木京香の芝居がかった演技が、全体の重厚感や格調に水を差している。が、それを補って余りあるのは、専門外であるはずの加藤登紀子が見せたミステリアスで圧倒的な存在感と表現力。彼女の演技を楽しむだけでも十分に劇場に足を運ぶ価値がある。
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 篠原監督の過去作からオススメ作品をいくつか紹介してみよう。エロス作もあるにはあるが、あまり得意ではなさそうなので、人間ドラマの作品群から。

■「洗濯機は俺にまかせろ」(1999) ★★★★☆
出演:筒井道隆、冨田靖子、小林薫
 洗濯機の修理に青春を賭ける中古電気店勤務の青年(筒井)と、その店の社長の出戻り娘(冨田)の出会いからの日々を、元先輩店員(小林)、青年にほのかな想いを寄せる女店員(百瀬)、失業中の友人の五人をからめて、優しく静かに描く。
 とってもラブリィな映画。登場人物はみんな自分の心に嘘をつかない愛すべき人たち。その彼らが互いに向き合ったときに流れる自然で真剣な緊張感がたまらなくいい。実は非常に難しいはずのこの脚本を難なくこなしてしまう何れ劣らぬ実力派俳優たちにはもう拍手喝采モノ。小作品だが、とっても映画的!な秀作なのだ。
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■「女学生の友」(2000) ★★★★☆
出演:山崎努、前田亜季、野村佑香
 生きる目的を失った老人が、孫娘の女子高生とその友人たちとで、援助交際を逆手に取った一大現金獲得作戦を実行する。その過程で生まれた女子高生との淡い恋に似た心の交流。彼は家族も捨ててそれに賭ける。しかし・・・
 金で女子高生を我が物にする輩を憎み、金を目当てにされることが嫌で家族を捨てたのに、結局その金を与えることでしか愛を表現できないし、人の役にも立てない。心を失った時代を象徴するかのような老人のこの矛盾が悲しい。秀作。
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■「はつ恋」(2000)★★★★
出演:田中麗奈、原田美枝子、平田満、真田広之
 父、母、娘。この平和な家族を突然、母の不治の病の知らせが襲う。時を同じく、娘は母が昔出せずに仕舞った恋文を見つける。母のはつ恋。。。自らの出生にも繋がる母の青春に強い興味を抱いた娘は、二人を再会させようと画策する。
 物語のすばらしさ、演出の素晴らしさ、そして原田美枝子、平田満、佐藤允、真田広之というベテラン俳優たちの見事な演技。さすがさすがの篠原作品。
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■「きみのためにできること」(1999) ★★★★
出演:柏原崇、真田麻垂美、川井郁子、岩城滉一、永島暎子、大杉漣
 真夏の宮古島を舞台に、駆け出しの録音技師・高瀬俊太郎(柏原)が、おさななじみの恋人・吉崎日奈子(真田)と現地で知り合った美しいバイオリニスト鏡耀子(川井)との間で心揺らめく中で、大人への階段を確実にひとつ踏み越えてゆく過程を繊細に描いた秀作。篠原監督独特の静かな映像と、緻密でありながら小気味よい息抜きも忘れない素敵な演出とが見事にマッチして、心に残る作品となっている。
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■「死者の学園祭」(2000) ★★★☆
出演:深田恭子、加藤雅也、坂本三佳
 学園にまつわる悲しい恋と死の伝説をモチーフにした演劇脚本を書き上げた同級生が謎の自殺。演劇部員たちは、彼女の遺作を上演すべく稽古に励むが、伝説に秘められた謎に近づいた者たちが次々と怪死を遂げ、部長の真知子(深田)はその真相を探ろうと果敢に調査を進める。そしてたどり着いたのはなんと・・・
 アイドル映画と侮るなかれ。深田恭子の映画女優ぶりを堪能できる一作なのだ。「新宿少年探偵団」「東京★ざんすっ」そして本作。テレビドラマでは見せない特異な輝きを放つ彼女を再発見して頂きたい。
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■「月とキャベツ」 (1996) ★★★
出演:山崎まさよし、真田麻垂美
 創作意欲を失ったミュージシャンが、彼のファンだという不思議な少女との出会いと交流を通じて立ち直ってゆく。彼は復活し、彼女は姿を消す。そして、彼の友人が、彼女にまつわる思いもかけない「真実」を彼にもたらす。。。
 監督の出世作。山崎もこの作品で主題歌「One more time, one more chance」とともに世に出る。全員の演技にぎこちなさが隠せないが、ミステリアス且つ心温まるストーリーがすばらしく、永く印象に残る名作。
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☆林海象監督(名探偵濱マイクシリーズ原作者)特集上映
 10/26〜11/8東京六本木俳優座シネマにて。貴重な短編も含め全15作を上映。(http://www.haiyuzagekijou.co.jp/haiyuzacinema.html#c_yumemiru)
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☆koala、映画「黄泉がえり」にエキストラ参加!
 ロケ地や設定はクライマックスに関わるので言えませんが、10/18,20の2日、あこがれの塩田明彦監督の仕事現場を体験。竹内結子さんのあまりの美しさに溜息すると同時に、数百名の出演者やスタッフに迅速・的確に指示を出す監督業の醍醐味と大変さを実感。探せばけっこう募集はあるものなので、皆さんもぜひ。

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