「パイラン」と「恋愛寫真」 手紙と写真がテーマの二作品 2003/06/18

■「パイラン」(2001年 韓) ★★★
 監督/ソン・ヘソン   HP/http://www.cqn.co.jp/failan/
 出演/チェ・ミンシク セシリア・チャン
 上映/新宿武蔵野館 ほか
☆あらすじ=========== 
 浅田次郎原作「ラブ・レター」を韓国で映画化。
 香港から親類を頼って一人韓国にやってきた少女パイランと、彼女の定住のために偽装結婚してやったチンピラ・カンジェ。死の病を得たパイランは、見知らぬ夫・カンジェへの思いを日毎募らせる。一方、何の価値もない人生の岐路に立たされたカンジェは、亡き彼女が残した彼への思いを知って、号泣する。
☆みどころ===========
 愚れた子供を立ち直らせるには、たった一人、彼を信じてやる人間がいればいい。そんな教えがふと脳裏を過ぎる。親友にも見限られ、後輩にさえ軽蔑される万年チンピラ、カンジェは、パイランが、ろくでもない男と知りながら、自分に感謝し、自分のことを思い続けてくれていたことを、彼女が書き残した手紙で知る。手下に笑われながらも、何度も何度も、覚え立てのハングルで書かれた手紙を読み返すカンジェ。彼女の純粋な感謝と愛は、彼の荒んだ心を変えて行く。しかしそれは、あまりに遅すぎた。。。
 パイランは、夫への思いを、たった一枚の写真を毎日眺めつつ深めて行く。そしてカンジェは、彼女の書いたつたない手紙を何度も読み返すことによって、パイランの純粋な思いを感じ取って行く。この対照の美しさ。そして、この世の誰かに、自分を必要とし、自分の存在や行為に感謝してもらえることの大切さが、その「誰か」がもうこの世にいないという取り返しのつかなさ故に尚更、胸に迫る。
 カンジェの号泣は、フェデリコ・フェリーニの名作「道」で、ジェルソミーナの影を追い求め慟哭するザンパノの心境にも通じる。
 韓国映画だけに、感情表現はデジタル的・直情的で過剰に激しく、日本映画のような情緒にはいささか欠けていて、今ひとつ泣けない。お下劣な表現が満載なのも、情感を損ねる一因。が、そこはストーリーの素晴らしさが充分補ってくれる。セシリア・チャンの控えめな美しさは、まさにパイランの存在そのもの。もし自分がカンジョだったら・・・そんな仮定を置いて、彼女の手紙を読み、写真を見、ビデオを眺めてみよう。彼のやるせない心情は痛いほど伝わってくるに違いない。
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■「恋愛寫真 Collage of Our Life」(日) ★★★★
 監督/堤幸彦 HP/http://www.c-o-o-l.jp/
 出演/広末涼子、松田龍平、小池栄子
 上映/全国松竹・東急系劇場
☆あらすじ =======
 最初は僕<瀬川>が教えた写真で、カノジョ<里中静流>が先にプロへの門をくぐって行った。苦しくて別れてしまった彼女から、一年前に殺されたという噂と共に、一通の手紙とたくさんの写真が届いた。そして気付いたら、僕はカノジョの鮮やかな思い出と一枚の写真を握りしめて、見知らぬニューヨークの街に立っていた。こうして僕の、無鉄砲なカノジョ探しが始まった。それは僕にとって、自分探しの旅でもあった。
☆みどころ ========
 「ケイゾク」「TRICK]、そしてかのJamFilmsでは「HIJIKI」という爆笑短編を提供した名匠堤監督。その彼の作品だから、ということでもないだろうが、単なる恋愛ドラマだと思って観に行くと、CGやらギャグやらサスペンスやら、予想外の奇抜な展開や演出がちりばめられていて、少々とまどうかもしれない。特に冒頭部、タイトルを挟んだ20分ぐらいは、「ハズシタかなぁ」という不安が漂う展開。監督お得意のギャグもちょっと空回り気味だし、なにせ<僕>(松田龍平)の語りはすべてたどたどしい英語。これだけでも精神的にカナリ引いてしまうこと請け合い。
 でも、こと英語ナレーションに関しては、見終わってから、この語りがいつの時点を基準に置かれているか、ということを考えなおしてみると、容易に合点が行く。そう、最初から主人公の運命を暗示していたのだ。
 このナレーションのみならず、この作品には、片時の居眠りも許されないほどに緻密に伏線となるエピソードや映像、台詞がちりばめられていて、それがある種の<謎解き>のような楽しみ方を提供してくれるという、よく練り上げられた完成度の高い脚本だからこその魅力がある。逆に言うと、あらゆる演出に無駄がない、ということ。映像や展開で気になるポイントがあったら、ぜひ記憶に止めつつ映画を先に観進めてほしいところ。
 役者陣としては、やはりヒロスエに尽きるか。前にも書いたかも知れないが、筆者は別にヒロスエ・ファンではない。でも、彼女の映画女優としての魅力は大いに認めるところ。彼女が意識して演技しているのかどうかは知らないけれど、彼女の雄弁な千変万化の表情は、この作品でも十二分に生かされている。そして本作では彼女、動画のみならず静止画である写真でも強い印象を残し、主人公である<僕>が見知らぬ街で追い求める対象にふさわしい存在感を発揮。松田龍平とヒロスエとのカップリングも映像的に相性抜群で、この二人をブッキングできた時点でこの作品、半分以上成功していたと言ってもいいかもしれない。
 そしてそして、忘れてはいけないのが、タイトルそのものである彼らの撮った写真の素晴らしさ。難しいのは、瀬川の写真は彼の心境と共に魅力が変化し、静流の写真は天才肌で、最低限の技巧を身につけた途端、強烈な才能のきらめきを発揮し始めるという風に、ただ<いい写真>を使うのではなく、それらの間に違いを持たせなければならない点。しかも、筆者のような素人にもそれとはっきりわかるような形で。本作では、そのあたりの処理も実にうまくされていて、脚本の充実度ともども、ちゃんと手間を掛けて客に提供された作品だな、と思えてきて、観ていても気持ちがいい。ストーリーに没入できなくても、こうしていろいろ楽しめるポイントがあるのだ。
 見終わった後の観客の反応は様々。隣のカップルは、♂が「金返せ!」と繰り返し、おそらくは満更でもなかったろう♀との間に気まずい空気が。で、筆者はと言えば、★の数が示す通り、ズバリ<好き>だ。本作は、いい悪いではなく、好き/嫌いで語るべき作品だろうと思う。かなり好みが分かれるところなので、他人を誘うには慎重を要するかも知れない。

  ────────<<<< 関連作品紹介 >>>>────────
 「パイラン」の原作は浅田次郎の小説「ラブ・レター」。そしてこれは既に日本で同名映画化されている。
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=31271
「パイラン」は、この設定を韓国に置き換え、パイランの暮らしを韓国風にアレンジしたもの。日韓で脚色や演技にどんな違いがあるか、この際レンタルして、見比べてみればどうだろう?
 浅田次郎&広末涼子のコンビでは、言わずと知れた「鉄道員 ぽっぽや」。広末涼子という女優の飾らない<素>の魅力が、同じく飾らない高倉健の演技とシンクロして、強く観る者の胸を揺さぶる感動の名作。まだの人はこの機会に是非。
http://www.asahi-net.or.jp/~ns8m-hgc/movie/db/DB769.HTM
 広末涼子で忘れてはいけないのが「秘密」(1999年;滝田洋二郎監督)。東野圭吾の同名ミステリー小説を題材にしたこの作品。交通事故で死んだ妻の心が乗り移ってしまった娘にとまどう父親の愛と苦悩の日々と、衝撃のラスト。ここでも、広末涼子のナチュラルな表情が、クライマックスでの号泣を誘う。
http://www.asahi-net.or.jp/~ns8m-hgc/movie/db/DB801.HTM
 この際ヒロスエでもう一発。「二十世紀ノシタルジア」(1997年;原将人監督)。女子高生が、男友達といっしょに撮影した自主製作映画を編集しながら、直後に転校してしまったその男友達との日々を回想し、二人の関係や恋についての答えを探す、という青春映画。当時アイドルとして人気絶頂にあった広末涼子の記念碑的作品だ。共演の男優・圓島努が彼女とあまりに不釣り合いで今ひとつ感情移入できないけれど、ハンディカメラで撮影された劇中<自主映画>の中で伸びやかに演じる彼女は実に魅力的だ。ビデオの背景になった東京ベイエリアの風景も美しく、一見の価値有り。
http://www.asahi-net.or.jp/~ns8m-hgc/movie/db/DB815.HTM

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■「スパイ・ゾルゲ」 ★★★
 織田裕二の「T.R.Y.」並みのあっさりした演出は、3時間という長さを一層長く感じさせる。事実に基づいているのだろうが、世紀の大スパイにしては、カリスマ性に欠ける。これなら、市川雷蔵主演の人気シリーズ第四作「陸軍中野学校 密命」(1967年;井上昭監督)の方が、おそらくは同じ人物、あるいは同種の事件を題材にしながらも、フィクション仕立てな分ドラマティックで、より楽しめる。ゾルゲで物足りなかった人は、ぜひビデオ屋で探してみて欲しい。
■「マナに抱かれて」 ★★★
 ハワイ版・女性版「マブイの旅」。沖縄語の「マブイ」とハワイ語の「マナ」はどちらも「魂」といったニュアンスの言葉。主演・川原亜矢子の演出がテレビドラマ的なために、必要以上に軽いタッチになってしまっているが、見終わった後「あー、ハワイに行ってみたい・・・」と思わせられること必定の、一大「勧誘洗脳映画」なのだ。西島秀俊、蟹江敬三と言った助演陣がとてもいい味をだしているし、蒸し暑いこの季節、冷房の効いた劇場でぜひ。

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