「28日後」と「HERO」そして・・・ 2003/09/03

■「28日後」 ★★★★  渋谷シネクイント
 監督/ダニー・ボイル
 出演/キリアン・マーフィ ナオミ・ハリス
 HP/http://www.foxjapan.com/movies/28dayslater/index.html
□みどころ
 実験用のサルから人間に感染し、瞬く間に全地球的に感染が広がった謎のウイルス。症状は、「凶暴化」。感染経路は、血。凶暴化した患者は非感染者に見境なくかみつき、発症は何とその10秒後。
 事故に遭って入院し、アウトブレイクから28日後に意識を取り戻したジムがさまよい出たロンドンの街は、人影もない廃墟。摂食能力のない初期感染者たちの寿命は尽きようとしていたが、それでも日々、わずかに生き残った非感染者が襲われ、新たな感染者を生み出して行く。ジムは、街で出会った非感染者たちと男女4人で、かすかに聞こえる非感染者の要塞から流されるラジオ放送を頼りに、マンチェスタを目指す。確かにそこには、兵士が固める非感染者の居住施設があった。しかし、日々感染者の殺戮を繰り返す彼らは、人間が本来持つ凶暴性の権化と化していた。女は兵士たちへの分け前・・・信じがたい掟を耳にした彼らは、命がけで施設を脱出する。。。
 凶暴性は、ウイルスの力を借りずして人間が本来持ち合わせているもの。ウイルス出現前も、その後も、人間たちは変わらず互いに殺し合っている。ウイルスによって原始に還った無政府状態の社会では、人は人ではなく、凶暴なサルに過ぎない。
 血の色味は極力黒く押さえられ、恐怖を殊更にあおる演出もない。なのに、観る者は主人公たちと同様、刻一刻と追いつめられて行く。心拍はゆっくりと、しかし確実に亢進し続け、画像を直視することが苦しくなり、目を、耳を、心を塞ぎたい感情にしはいされて行く。この強迫感は、同じく人間の隠し持つ凶暴性を白日の下に曝した衝撃作「es」と共通する。尾を引く後味の悪さも絶品。真っ暗な劇場の大スクリーンでぜひ味わってもらいたい作品だ。

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■「HERO 英雄」 ★★★★☆ 
 監督/チャン・イーモウ
 出演/ジェット・リー、マギー・チャン、トニー・レオン、
    チャン・ツイイー、ドニー・イェン
 HP/http://www.hero-movie.jp/phase2/
□みどころ
 美しい・・・あまりに美しい・・・圧倒的な物量、胸を打つドラマ、息を呑むワイヤーアクション・・・これはもう、娯楽を超越した、まさに芸術。一点のスキもない完璧な作品だ。チャン・イーモウという稀代のストーリー・テラーと中国という風土、そして洗練された俳優たちの見事なシンクロ。「マトリックス」の特撮スタッフが与しているとはいえ、これはどこから見てもアジア映画だ。あまりに美しい秦の軍勢、宮殿を見よ。ここに、歴史物独特の古めかしさ、前近代的雰囲気は微塵もない。「整然と入り乱れる」軍勢の演出には、黒澤明監督の「乱」の影響が色濃く感じられる。宮殿の扉を開ければ広がる、翠布たなびく神秘の空間は、監督の旧作「菊豆」への自己オマージュか。黄色から赤へ染まり変わりながら剣闘の場を舞う無数の葉の美しさは、ふとベトナムを舞台にした「季節の中で」の、咲き誇る花に包まれたクライマックスを思い出させる。
 これだけ絵の美しさで魅せておきながら、ドラマでも手を抜かないのがまたチャン・イーモウらしいところ。残剣、飛雪、長空三人の刺客を成敗した功により秦の大王の許に参内成った剣客が大王に聞かせる成敗秘話の変転に沿って演じ変えられてゆく、剣客、刺客、そして残剣を慕う侍女(チャン・ツイイー)たちの織りなす人間ドラマは、ロールプレイイングゲームを設定を変えつつ何度もやり直すかのごとく、それぞれのキャラクターを幾重にも味わい直せて、実に楽しい。贔屓の俳優による様々な人格の演技を、一本の悪品の中で味わえる喜びは、そのまま作品を観賞した満足感となる。

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☆関連作品☆
■「始皇帝暗殺」 (日中仏米 1998) ★★★
 監督/チェン・カイコー
 出演/コン・リー、チェン・カイコー、チャン・フォンイー
□みどころ
 現代統一中国の礎としての天下統一を初めて為し得た男が、天下と引き替えに失い、捨てたものと、彼を愛しながらも理想と現実の狭間でもがく彼の心の闇と苦悩を理解できず、歴史の流れに翻弄され、ついに寄り添えなかった女。 
 あまりにも有名な始皇帝にまつわる史実に、伝説となった始皇帝暗殺計画、そして三国にまたがる世紀のロマンスをからめ、古式戦闘や宮殿のCGによるごまかしのない圧倒的な本物の映像で綴る壮大な歴史絵巻。
 将来テーマパークとすることを念頭に日3000人の労力と20億円もの費用をかけて9ヶ月で再現された秦都咸陽宮。 凝りに凝って完璧に再現されたコスチューム、浮上橋などの目を見張る豪奢な宮殿内装、雄大な華北平原、「イントレランス」を彷彿とさせる大スケールかつリアルな古式戦闘シーン。  
 資本は四カ国ながら、監督演者はすべて中国人。それだけに、ベルトリッチ監督「ラスト・エンペラー」と異なり、西洋映画を見慣れた者にとっては、日本の狂言に例えるべきややおうげさな身振りと、独特の感情表現に最初とまどいを覚えるが、それにもやがて慣れ、観客は3時間にも及ぶ歴史大河に吸い込まれて行く。そして終演、Ringの唄う澄んだ中国語歌により、今観たものすべてがまるでおとぎ話であったかのように脳裏に反芻される。
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★名作発見★
■「バグダッド・カフェ」 (1986 西独) ★★★★☆
 監督/パーシー・アドロン
 出演/マリアンネ・ゼーゲブレヒト、ジャック・パランス
□あらすじ
 自動車旅行中、カリフォルニアの砂漠の真ん中で夫に置き去りにされた、ビヤ樽のように太った夫人。カフェとは名ばかりのひなびたドライブイン「バグダッド・カフェ」に投宿した彼女は、閉鎖的なカフェの常連たちに訝られるが、意外なサービス精神と、暇に任せて身につけた「あること」をきっかけに、異境のこの地に「居場所」を築くことになる。
□みどころ
 冒頭の観念的な映像と、ドイツという制作国名を照らし合わせたとき、ヴィム・ヴェンダースのシュールな映画をイメージし、暗澹たる前途を覚悟したものだ。中盤にさしかかっても、夫をいびり出しておいて寂しさの余り苛立つカフェの女主人や、「無能の役立たず」を絵で描いたような婦人の緊張感のない表情や肢体を見るに付け、大した希望を抱かなくなり始めていた。そこへ突然訪れる、この劇的な急展開。終わってみれば絶妙に計算されたと思しきこの構成は、「ショーシャンクの空に」に匹敵する。
 この映画を薦めてくれた友人が、時々ふと観なおしたくなる作品、と評していた、その訳がよくわかる。


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