ＥＵＲＥＫＡ（ユリイカ）

■「Helpless」（1996　日）　評価　★★★☆
監督・脚本・編集・音楽／青山真治
出演／浅野忠信、辻香緒里、斉藤陽一郎、光石研、永澤俊矢
□あらすじ
　仮出所したヤクザ（光石）は故郷に戻り、自分を裏切り、帰るべき組をも葬った者たちをひとりひとり、まるで使命のように殺害してゆき、既にこの世にないオヤジ（＝組長）の影を追う。そして、彼の精神を病んだ妹とある""荷物""を預かった親友（浅野）もまた、精神力を失った父を病院に委ねる身。絶望に対する彼らの答えは？そして""荷物""の中身とは？？
□みどころ　
　若い世代を描いているのにも関わらず、全編に満ちるこの虚無感と絶望感はなんなのだろう。生涯を夢の世界で過ごす親友の妹を連れて歩み去る青年の姿を写す終幕は一見、展望を感じさせるが、一体彼らの行く先にどんな明るい世界が待ちうけているというのか。主を失ったまま走り去るヤクザの車は、その魂をどこへ運び去ろうというのか。彼が現世に残した無念とはなんだったのか。唯一の救いは、意外にも""正気""を持たないためにすべての痛みや衝撃から完全なる自由を保つこの妹の存在か。しかし彼女も、兄の命とともに見失った""ウサギ""の影を追い続ける。
　何らの解答をも与えずに映像はエンドロールへと切り替わる。そしてこのテーマは四年の時を経て、「ユリイカ」へと引き継がれて行くことになる。

■「ＥＵＲＥＫＡ」（2000年　日）　評価：★★★★☆
監督・脚本・編集・音楽／青山真治
出演／役所広司、宮崎あおい、宮崎将、斉藤陽一郎、光石研、国生さゆり、利重剛、真行寺君枝、尾野真千子、松重豊、塩見三省
受賞／第53回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式招待；国際批評家連盟賞＆エキュメニック賞Ｗ受賞
□あらすじ
　九州の田舎町で発生した戦慄のバスジャック事件。辛うじて生還した運転手と通学途中の兄妹の人生は、事故後一変する。放浪の果て二年後に郷里へ戻った運転手には既に居場所がなく、同じく一切の係累を絶って暮らす兄妹との奇妙な共同生活が始まる。しかし、傷を舐め合うことで癒しは得られず、四人は運転手の操縦するバスに乗ってあての無い旅へと出かける・・・
□みどころ
　""EUREKA""とはギリシャ語で「発見」の意味。
　田中正毅の発案で世界で始めて採り入れられ、カンヌでも驚きと絶賛を博した映像色彩処理技術""クロマティック・ブラック・アンド・ホワイト""（＝彩色白黒）。基本的にはセピアカラーのような白黒映像なのだが、かすかに被写体の天然色が残っていて、夢でみた映像の記憶ような不可思議で美しい映像。これが、忌まわしい記憶の支配下に置かれて苦しむ主人公たちの目を通した世界を見事に表現している。そして終幕、言葉とともに心を取り戻した妹の佇む大観峰の映像は美しい変転を遂げる。この瞬間が、なかなか気付かないのである。それはまるで、主人公の心象そのものだ。はっと気付けば、もとの自分に戻っていた。心のスイッチが切り替わる瞬間は、本人にも分からない。
　俳優陣ではやはり、ベテランの役所を別にすれば、""宮崎あおい""に尽きるだろう。大部分が無言の演技とモノローグのみでの演技。これは""子役""の能力を遥かに超えている。しかし彼女はやってのけた。カンヌでは、あのジョディ・フォスターの再来か、との驚きの声がしきりであったとのこと。
　彼女の魅力は、自身は没個性であるにも関わらず、映像の中では物語に溶け込んだ強力な個性を発揮するという天性の特質。幼少の俳優はしばしば、ある作品とのベスト・カップリングによって異様な輝きを見せることがあるが、彼女の場合はこれにはあてはまらない。既に「SWING MAN」という別作品（公開済み）で、本作とは全く異なる魅力を披露済みである（筆者はこちらを先に観て彼女を""発見""（＝EURＥKA）した）。
　青山監督は、純粋な映像芸術家であり、叙情派である。事実の積み上げや台詞の多用ではなく、登場人物たちを静かに写すことで、微かに流れる感情をフィルムに焼き付ける。また、何気ない景色から観客にあるメッセージを伝えようとする。だから、必然的に回すテープは長くなる。さらに本作の場合、バスジャックの被害者たちが記憶から解放されるには正味長い時間が必要であり、このテーマと監督の手法との相乗効果で、全長３時間３７分という大作になってしまった。しかし、監督の映像は雄弁であり、しかも構図は計算され尽くしていて美しい。だから、深夜から早朝にかけての鑑賞であったにもかかわらず、微塵の睡魔に襲われることもなく鑑賞することができた。視野に入る限り、満席の他の観客たちも皆眠ることなく食い入るようにスクリーンを見つめていたようだ。終映は午前５：３０。この圧倒的な映像の緊張から開放されて眠気を催したのは、帰宅直後の午前７時になってからであった。

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