だれも知らない夏の空 2000/09/14

☆あらすじ
 高三の夏。シンガーソングライターに憧れる少女ナツは、一足先に全国歌行脚に出かけた姉を追うように、ギター一本を手に故郷の島を後に都会を目指す。でも、街の風はどこか彼女に冷たくて、そこで出会った気のいい青年たちと一緒に浦々を巡るうち、姉の歌声を耳にする・・・。

☆感想 
 監督が、恋人に去られた男が主人公の自らをモデルにした自作脚本の撮影計画を進めるうちに出会った二人のストリート・シンガーの少女たちにインスピレーションとパワーを得て、主脇逆転させての翻案で完成させたピュアでストイックな青春ロード・ムービー。

 主役は今やメジャーミュージシャンの<いしのだなつよ>が演じた妹ナツということになっているが、この作品には、同じくストリート・ミュージシャンの姉トモ、ストリート・ペインターの青年、そしてさすらいの紙芝居師のオッチャンの、それぞれの青春と情熱を賭けたパフォーマンスが対等に肩を並べている。そして、お互いがお互いのライバルであり、応援者でもある。本物のアーティストたちのこうした関係から発散されるパワーは強大であり、そこに微塵のウソもない。この作品の最大の魅力はまさにそこにある。

 今まさに伸び盛りの二人の女性ミュージシャンたちは姉妹に仕立てられ、それがまた実に面白い。何が面白いと言って、両人のスタンスがあまりに対照的なのだもの。姉妹は姉が陽なら妹が陰。姉が外なら妹は内。姉のトモちゃんは、<心常に客と共にあり!>のまさに芸人タイプ。愛嬌たっぷりの表情と頓狂は歌声で、老若男女何れ厭わず瞬時に聴衆の心を我が物にしてしまう才能の持ち主。そのためなら、炭坑節まで唸ってしまうサービス精神の塊だ。対して妹ナツは、<私の胸いっぱいのこの思いを聴いて!>というメッセージ派。ポップな曲調に乗せて懸命に感情を伝えようとギターを掻き鳴らし歌い上げるその姿が通りすがりの人々の心を打ち、一人、また一人と立ち去りがたい聴衆が増えてゆく。
 
 <本物>のアーティストたちによって紡ぎ上げられたこの作品(家出した姉妹の実演テープを口ずさみつつ聴き続けるお父さんだって、実はex-パフォーマー・・・)を観終わったあとに残る感覚は、映画を観たあとのそれとは明らかに異なっている。かといって、ドキュメンタリーや、フィルム・コンサートとも違う。ただ、抜けるように青い空に歌声と共に紐の切れた風船があてどなく飛んで行くような、そんなイメージが残像として残るのだ。

 なつよファン、トモちゃんファンとして観に行くもよし、インディペンデンス・フィルムならではの荒削りのエネルギーを感じ取りに行くもよし。紀伊半島を舞台にしたロード・ムービーとして郷愁を掻き立てに行くもまたよし。映画だという先入観を捨てて、細かいストーリーなんて気にせずに、夜更けのひととき、固定観念にとらわれない<中ワールド>をぜひ満喫してほしい。

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