パトリス・ルコント特集 1999/10/31

パトリス・ルコント 〜 映画オタクの巨匠監督 〜

 みなさんは、パトリス・ルコントという監督をご存知でしょうか。現代フランス映画界にあって、大人の友情や恋愛を描かせたらこの人の右に出る者はいないといえるこの監督。毎回前作からは想像もつかない新たな切り口の作品を提供して懐の深さを見せ付けてきた彼も、多くの作品群とともに50歳を超えて既に「巨匠」と呼べる位置に到達しました。
 徹底した個人主義と恋愛至上主義に彩られるいわゆる「フランス映画」の路線の上にありながら、どこか温かみと、人間への愛情のようなものを感じさせる彼の作品。初期の喜劇はもとより、シリアスな愛憎劇や時代物にあっても品のいいユーモアを随所にちりばめて決して飽きさせないエンターテインメント性の高さにも、もはや安心感にも似た定評があります。

 最近では、あのアラン・ドロン(「太陽がいっぱい」)とジャン=ポール・ベルモンド(「勝手にしやがれ」)に、世紀のフレンチ・ロリータ=ヴァネッサ・パラディ(「エリザ」、「白い婚礼」)までをも共演させて話題を独占した「ハーフ・ア・チャンス」('98)があり、ちょっとさかのぼっては日本での出世作、幼少時から温め続けた女理髪師と結婚する夢を中年になって叶えた男とその妻の愛の日々を描いた秀作「髪結いの亭主」('90)の監督だと言えば、あるいは思い当たる方もお出でかもしれません。
 哀愁たっぷりな中にどこかおかしさと皮肉を込めて描く彼の映像世界は、かなりクセがありますが、ひとたびハマれば病み付きになるほどの魅力を秘めています。 

 来12月には早くも新作「橋の上の娘」(ヴァネッサ・パラディ、ダニエル・オートイユ共演)が日本で公開(東京渋谷文化村<ル・シネマ>ほか)されるということもあり、今特別号では私koalaがこよなく愛するこの巨匠について、簡単に紹介させて頂きたいと思います。

■ プロフィール
映画監督・脚本家 パトリス・ルコント……
1947年11月12日、婦人科医師を父としてパリに生まれる。
映画狂の父の影響で13歳の頃から映画館通い。コメディが好きだったらしい。そのまま大学の映画科に入学、短編映画を多数製作するが、卒業後は一転漫画家に。アニメーションの製作も手がける。しかし、彼が熱心なファンだった喜劇集団「スプランディド」との交流が縁で、映画監督の道を歩み始める('75)。初作は興行的に失敗したが、「スプランディド」の舞台を映画化した第二作「レ・ブロンゼ〜日焼けした連中」('78)は大ヒット。以後、ほぼ毎年一作というハイペースで映画作りに没頭し(彼の仕事狂ぶりは定評があるらしい)、喜劇からアクション、大人の恋愛・友情、そしてコスチュームもの(時代劇)まで、ジャンルを問わない活躍が続いている。その間、舞台演出('91)や、「シャネルNo.19」のCF(日本でも放映)製作も手がけるなど、才能のほとばしりは止まるところを知らない。

■ 新作情報
<「橋の上の娘」>
 ルコントの最新作「橋の上の娘」('98)がいよいよ12月中旬(予定)、日本に上陸する。前作「ハーフ・ア・チャンス」で起用し大成功を収めたヴァネッサ・パラディを監督がたいそう気に入り、性格俳優ダニエル・オートイユ(「王妃マルゴ」「愛を弾く女」)を相手役に今度は一転、ファンタジックな大人の恋愛を描く本作に引き続き起用。ストーリーは、絶望に打ちひしがれた娘と売れない曲芸師が出会い、運命的に寄り添って救い救われて行くというもので、全編白黒で撮影されている。小説などもそうだが、2時間という短い間にひとつの主題を表現しなければならない映画では、特にモチーフと状況設定のキレが勝負を分ける。そういう意味ではこの作品、すでに8割方勝利していると言ってもいい。「絶望した娘と夢のない曲芸師が橋の上で出会う…」という、この導入部分を聞いただけで既に、背筋がゾクっとするほどの「胸騒ぎ」と無限の期待を覚えてしまう。
 この作品は、今まで意思が強くワガママで自分に正直な娘役を多く演じてきたヴァネッサ・パラディにとっても180度異なる役で大きな転機となりそうだ。自殺を考えるまで追い詰められた娘がひとりの男に救われる…。彼女も、初めて真の「演技」を経験した、と述懐している。

=============はみだし情報================
現在、東京渋谷文化村「ル・シネマ」(TEL03-3477-9264)では、この「橋の上の娘」の前売り券と、スチール写真集・全シナリオつきのプログラム、そして、権利関係の都合で将来にわたり発売予定のないオリジナル・サウンドトラックCD(日本限定)をセットで¥2700にて限定1000セット発売中。超オトクにしてまさに超レアもの。ファンは急げ!(売り切れの恐れがあるので、電話で確認を。)
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<「サン=ピエールの未亡人」('00)>
 18世紀、無人島に漂着した男女の愛を描く次回作。主演は今作に引き続きダニエル・オートイユと、ジュリエット・ビノシュ(「嵐が丘」)。詳細は不明だが、こちらも共演二人のコラボレーションが大いに期待できる。日本公開は2000年の予定。
 頻作の監督だが、この作品のあとしばらく休養に入ると伝えられている。

■ 受賞歴
「タンデム」('87)
  セザール賞(フランス)ノミネート
  フィレンツェ・フランス映画祭 セルジオ・レオーネ グランプリ受賞
「仕立て屋の恋」('89)
  セザール賞 録音賞受賞、ほか各部門ノミネート
  カンヌ映画祭コンペティション部門出品
  ボストン映画批評家協会賞・外国語映画賞受賞
「髪結いの亭主」('90)
  ルイ・デリック賞受賞
  セザール賞各部門ノミネート
「リディキュール」('96)
  セザール賞 作品・監督・美術・衣装賞受賞、他各部門ノミネート
  カンヌ映画祭コンペティション部門オープニング作品、
    ゴールデンパルム賞ノミネート
  リュミエール・ドゥ・パリ国際批評家大賞・最優秀作品賞受賞
  ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(伊)最優秀外国映画賞受賞
  アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞ノミネート

■ 作品紹介
<【ドタバタ】喜劇シリーズ二部作>
「レ・ブロンゼ〜日焼けした連中」('78) ミシェル・ブランほか
南洋の島にパックツアーでリゾートにやってきた団体の滑稽な有様を細かい観察で描く「小市民レジャー騒動記」。「リゾート」参加者たちの恥ずかしくも笑えない実体が軽いながら辛辣なタッチで丸裸にされてゆく。
喜劇演劇集団「スプレンディド」の舞台を映画化したもので、商業作品としては監督の第二作。フランスで大ヒットを記録し、彼の監督人生の足がかりとなった記念作。≪★★≫

「レ・ブロンゼ〜スキーに行く」('79) ミシェル・ブランほか
好評の前作の続編として、舞台をスキーリゾートに移して製作された喜劇。リゾート地の典型的な出来事を登場人物に集約して皮肉たっぷりに描く。前作よりも随分洗練された印象。音楽は当時流行のセルジュ・ゲンスブールが担当。だが、監督はその採用に不満だったという。≪★★★≫

<【お騒がせ】シリーズ三部作>
「恋の邪魔者」('80) ミシェル・ブラン、ベルナール・ジロドーほか
男の友情の深さと、女の誘惑に勝てない弱さを、熱愛カップルと失業中の居候の交流を通じて描いたコメディ。友人の家に居座りやりたい放題の、ブラン演じる「友人」の傍若無人にしてトラブル・メイカーぶりには爆笑を禁じえない。≪★★★≫

「夢見るシングルズ」('81) ミシェル・ブラン、アネモネ ほか
妻に逃げられた男と恋人に捨てられた女。「独身専用」アパートで出会った心さびしい独身男女が繰り広げる切なくも前向きでおしゃれな恋愛喜劇。随所に思わず吹き出すようなルコント一流の笑いのセンスをちりばめて、しばし垣間見るシングルたちの私生活。快作だ。≪★★★☆≫

「愛しのエレーヌ〜ルルーとペリシエの事件簿」('83)
   ジェーン・バーキン、ミシェル・ブランほか
美しい未亡人と彼女をつけまわすストーカー刑事。尾行するうち彼女が大きな犯罪に関係しているらしいことがわかり、話は意外な方向に進展する。
ブランを手玉に取るバーキンの珍しくコミカルな演技に注目。ラストが素敵。≪★★★☆≫

<初のアクション・ムービー>
「スペシャリスト」('84) ベルナール・ジロドーほか
B級「風」を狙ったようなつくり。淡々と流れるBGM。「僕のイメージする映画というものは、こういうものなんだ」という監督の映画への憧れと愛と美学が感じられる。アクションもトリックもガンファイトも古風で低予算風。 なのに、綿密な脚本と展開の妙で、ハラハラドキドキ、とっても楽しめる作品に仕上がっている。後年の「ハーフ・ア・チャンス」への足がかりは十分、といったところ。≪★★★≫

<巨匠への道>
「タンデム」('87) ジャン・ロシュフォールほか
人気の傾いた老ラジオ司会者と相棒での中年男の、人生の悲哀に満ちた道中。 時にコミカルに、淡々と描かれているが、映像からは猛烈な淋しさが伝わる。この映画のために書き下ろされ、今やフランスのスタンダード・ナンバーとなった哀愁に満ちた挿入歌(リッカルド・コチャンテ(伊)「僕の隠れ家(IL MIO REFUGIO)」)が秀逸。≪★★★★★≫

「仕立屋の恋」('89) ミシェル・ブラン、サンドリーヌ・ボネールほか
変人で嫌われ者の仕立屋と、彼が毎日「覗き」をする向かいのアパートの女との思いがけない交流と待ち受ける悲劇的結末。愛されることなく中年に至った仕立屋のせつない恋情が胸に迫る秀作。 追い打ちをかけるような二段構えのラストが余韻を残す。≪★★★★≫

「髪結いの亭主」('90) ジャン・ロシュフォール、アンナ・ガリエナ
生活感の無さ、漂う気品、衝撃的かつ切ないラスト。 永遠の愛の日々のために女が選んだ結末と、女のメッセージを受け入れ最高の瞬間で止まった時間を手に入れた男。
こんな風に生きられたなら・・・。 未だ嘗て、こんなにも純化した愛を描き得た映画はあったろうか。 観る者の人生観を変えてしまう作品。
≪★★★★★≫

「タンゴ」('92)   フィリップ・ノワレ、リシャール・ボーランジェ、
ジャン・ロシュフォール、ミュウ・ミュウ
女性不信に陥ってなお、女性への想いを断ち切れない3人の男性の人生を、男女ペアでなければ踊れないタンゴにこと寄せてコミカルに、かつ哀愁たっぷりに綴る。≪★★★★≫

「イヴォンヌの香り」('93)サンドラ・マジャーニ、イポリット・ジラルド
「髪結いの亭主」に続く衝撃の結末。イヴォンヌの残した罪を自らの身と共に消して見せるルネが、愛の幕引きに新たな答えを提示する。≪★★★≫

「パトリス・ルコントの大喝采」('95)
ミシェル・ブラン、ジャン・ロシュフォール、フィリップ・ノワレほか
三文大根喜劇役者三人衆が、あこがれの劇団地方巡業に代役で参加したことをきっかけに不動の喜劇スターになるまでを描く喜劇。 ドタバタのなかで、舞台裏の人生の悲劇をも舞台の上で笑いに変える喜劇役者の悲哀がちゃんと描きこまれている。ルコント余裕の一作。≪★★★☆≫

「リディキュール」('96) シャルル・バーリー、ジャン・ロシュフォール
18世紀のフランスを舞台に、得意の高級ジョーク=「エスプリ」を武器に社交界でのし上がろうとした地方貴族の物語。 多数の賞を制した本作だが、全編を埋めるエスプリの面白さが和訳で表現しきれておらず、十分に味わうことができない。仏語を学んで再挑戦したい映画だ。≪★★★≫

「ハーフ・ア・チャンス」('98)
アラン・ドロン、ジャン=ポール・ベルモンド、ヴァネッサ・パラディ
痛快、爽快、大満足!! A・ドロンとJ・P・ベルモンド。 同時代を共にトップスターとして駆け抜けたこの二人を同じ銀幕で観られるだけでも幸せ。この偉大な二人を相手に、弱冠26歳のヴァネッサが見事な子ギツネぶりを発揮。 この、それぞれが独自の世界を持った3人の俳優それぞれに持ち味を出させた緻密で完成された脚本(パトリック・ドヴォルブ)も演出も素晴らしい。 一級の娯楽作品。さすがルコント!の一作。≪★★★★★≫

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