シベリアの理髪師 2000/10/08

■「シベリアの理髪師」 (1999年 仏露伊チェコ合作)
■監督/ニキータ・ミハルコフ(「黒い瞳」「太陽に灼かれて」)
■出演/ジュリア・オーモンド、オレグ・メンシコフ、ニキータ・ミハルコフ、アレクセイ・ペトレンコ
■受賞/第52回カンヌ映画祭オープニング作品
 <新宿 シネマ・カリテほかで上映中>

■あらすじ
 帝政ロシア末期。ある<使命>を帯びてロシアへ入国した米国人未亡人は、列車内で若く血気盛んな士官学校生と出会い、恋に落ちる。しかし、運命のボタンのわずかな掛け違いによって、その恋は二人の運命を大きく変えて行くことになる。時代の激動期を背景にした20年に及ぶ壮大な人間ドラマを、母が息子に書き綴る書簡の形式で描いてゆく。

■みどころ 
 真っ暗な映画館で、3時間にも及ぶこの映画を見終わったあとの満足感というのは、言葉に尽くしがたいものがある。およそ映画という芸術の持ちうる全ての魅力が、この作品には凝縮されていると言っていい。世界の巨匠であり、冗談めかしてにせよ大統領候補にさえ名が取りざたされるほどロシアの国体に強い影響力を持つミハルコフ監督。豊かな才能と経験に裏付けられ、4500万ドルという潤沢な資金と優れたキャストを意のままに動かせる彼故に為し得た壮大なコスチューム・ドラマである。映像美に満ち、ドラマティックで、時に活劇のようなキレの良さを見せ(瓶が割れるのと同時に場面が切り替わるところなど、思わず声を揚げたくなるほどの痛快さである)、また時にゆったりとした時の流れを演出し、抱腹のユーモアに溢れ、およそ観客を飽きさせることを知らない。そうした映画として、一個のエンターテインメント作品として完璧な様式を保ちつつ、帝政ロシア時代とモーツアルトとに対する監督の個人的なオマージュをしっかりと自然な形で織り込んでいるところが、巨匠の巨匠たる所以、懐の深さである。
 帝政ロシアと言えば、専制君主制=圧政という図式を思い浮かべ勝ちだけれど、そうした先入観はこの映画によって見事打ち砕かれる。主人公の所属する士官学校の校風の、なんと自由闊達なことか。そして、町びとたちの見せる風俗も、粗野にして天真爛漫。それは、彼らを取り締まる立場の軍高官や官憲たちの寛容さが演出しているとも言える。但し、<上官や皇帝に知れると大事になる>という末期専制国家特有の感覚が小事件を個人的な判断でもみ消す傾向を生み出していることが背景にあることは忘れてはいけないのだが。そして、この<自由度>こそが、トルストイ(オレグ)という一人の問題児を組織内に許容し、彼に成就し得ぬ恋愛を許し、それに対する上官の個人的な懲罰に余地を与えてこの悲劇を生み出した元凶であったのだ。
 絶世の美男・美女の組み合わせとなった豪華な主役陣はこの上無く、ロシア・東欧の俳優で固めた個性的な脇役陣はまさに適役揃い。そして、題名はじめ、冒頭から平行して進行する米軍の軍事教練の光景は、観客に謎を投げかけて飽きさせず、結末の鍵を握る米軍の一兵卒には自然な展開で「マスク」を常用させて顔を隠し通すという演出には唸らされる。
 一体、監督に霊が宿ったか、はたまた神の領域に達したか。不朽の名作との誉れを手にした「太陽に灼かれて」から5年。早くも監督はそれに並び、また、凌ぎさえする新たなる名作をいともたやすく世に送り出した!
 

<koala>

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