""フィンランドのタケシ""、アキ・カウリスマキ監督 2001/04/23

 フィンランドと聞くと、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべられるだろうか。極北の小国。オーロラ。ラップランド。トナカイ。ノキア(携帯電話の会社)。ロシアから領土を取り戻した数少ない国。ロシア艦隊を打ち破った東郷元帥に敬意を表しての""TOGO""というお酒のブランド・・・。
人々が何の抵抗感も無く携帯電話を操作してキャッシュレスで自動販売機から一本のジュースを買うという、侮れない「白いハイテク・カントリー」であるこの国に、世界中のカルト・ファンを魅了する巨匠、アキ・カウリスマキ監督は君臨している。
 ミニシアター系映画のファンなら一度は耳にしたことがあるだろうこの名前。しかし、間違っても大手映画系列で上映されることは無く、ミニシアターでも関東一館のみでの上映といったパターンも多い。ビデオも、遂に世界一(推定)の規模達成を宣言した<新宿TSUTAYA>ならともかく、普通のレンタル店では、店長が物好きでない限り、なかなか多くのラインナップは期待できない。この逆境にあっても、手を尽くして是非一度この監督の手による作品を試食してみて欲しいと筆者は願う。最近ワンパターン化が顕著なハリウッド映画に飽きて、映画自体に興味を無くしかけている諸兄には特に。
 1957年4月4日、フィンランド国アリマッティラ生まれの44歳。やはり映画監督である兄のミカ・カウリスマキと共に映画制作・配給会社
Villealfa(ゴダールの「アルファヴィル」にちなんだ命名)を運営し、フィンランド発映画の1/5を供給しているという(imdbより)。
 作風は、ギャグ、パロディ、ニヒリズムが交錯して極めて個性的。共通するのは、登場人物が呆然と立ち尽くすシーンが多用されていることで、この<対峙の美学>は日本の宝、北野武監督の作風と酷似する。シーンをつなぐ説明を極限まで排し、登場人物をいきなり結論の場面に放り込んで独特の間抜けな感じを醸し出す手法も似ている。そしてもう一つ特筆すべきは、BGMの選曲の素晴らしさ。彼ほどに、既存の曲を雄弁に用いる監督は見当たらない。曲相も、オールディーズからご当地ソング、各国民族音楽と幅広い。
 とはいえ異端児。正直、どの作品から手をつけるにせよ、最初観たときはかなり違和感を感じる。しかし、いくつか観ているうちに監督の表現手法に慣れてくると、次第に彼の表現に身を委ねるのが快感になってきて・・・気が付くと虜である。
 それでも、やはり味わうには順序というものがある。いきなり新作のモノクロ無声作品「白い花びら」を観ても戸惑うばかりだろう。今回は読者のテイスト別に、カウリスマキ入門好適作を紹介してみよう。

<ナンセンス/ギャグ好きのあなたに>
■「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」
■「レニングラード・カウボーイズ モーゼに会う」
 母なるフィンランドの地を後に憧れのアメリカへ人旗揚げに意気揚揚旅立つ<とんがり族>のロックバンドwithイカサマ興行師。シンボルマークはとんがりリーゼントにとんがり靴。出国〜アメリカ〜メキシコと、ロックからカリビアンバンドへと変態しながらの転戦編と、メキシコ〜アメリカ〜欧州各地を経て母国への挫折と失意の帰途編とに分けて描く。とにかく彼らの格好が大爆笑。ロカビリー時代の強烈なパロディのつもりが、ファンタジックなオリジナル・ストーリーになっている。でも彼らの劇中での演奏は本物。グレードはとても高い。

<ノン・ハリウッドのローカル・ムービー好きのあなたに>
■「マッチ工場の少女」
■「浮き雲」
 知られざるフィンランドという国に息づく風土が垣間見れるのはこの二作。
 前者は、不器量な少女が浮気な男に騙され、その悲しみが怒りへと転じて、彼女を見下した行きずりの男たちに理不尽で残忍な復讐を果たしてゆくというブラックな一作。男尊女卑的で封建的。古き日本の姿を見るようで興味深い。
 後者は、不況下に揃って失業した夫婦の愛と人生の不器用な再生の物語(なんのこっちゃ)。タケシ的な<対峙の間(マ)>の可笑しさが最も強く感じられる一作。絶体絶命の状況なのに悲壮感が無い主人公たちがなんとも現実離れしていていい感じ。延々続く沈鬱なムードを一気に払拭する驚くほど晴れやかなラストが秀逸。曲もいい。

<退廃=デカダンス/ニヒリズムを好むあなたに>
■「コントラクト・キラー」
■「ラヴィー・ド・ボエーム」
 前者は、ロンドンで失業したフランス人が絶望の果て自分をターゲットに暗殺を依頼するが、途中で気が変わって・・・というストーリー。撮影地はロンドン、製作はスウェーデン合作、主演はフランス・ヌーベルバーグの寵児ジャン=ピエール・レオーという、国際色豊かな(?)作品。殺し屋が死の病を背負っているという皮肉な設定が物語に深みを加え、見応えがある。
 後者は、パリを舞台に、画家・作家・作曲家3人のさすらいの芸術家たちの、無欲な友情の物語。かつてプッチーニによって「La Boheme」としてオペラ化されたアンリ・ミュルジェール原作『ボヘミアン生活の情景』の映画化である。シャンソンの調べに乗せて、市井にそよぐ風のような彼らの人生が男の美学を歌い上げる。どこへとも無く去る男と、追う一匹の犬、ジャレ付くもう一匹。日本のデューク・エイセスのヒット曲「雪が降る町を」のカバーをバックにしたこのラストシーンがあまりにも美しい。

<入門したら、最新作をどうぞ>
■「白い花びら」
 モノクロ無声劇で、妻を女衒に奪われた男の悲しい美学を無骨に歌い上げる。
 養父に嫁ぎ田舎で幸せに暮らす孤児は、ある日車で訪れた都会の男に誘惑され、夫を捨てて彼と街へ。しかし男は花街の手配士だった。一年後、失意の夫は研ぎ澄ました手斧を携え妻の影を追う・・・。
 モノクロかつ無声という手法で映像の情報量を極限まで減らしたために、彼の選曲の素晴らしさと、彼の手で各シーンにはめ込まれたそれぞれの楽曲の雄弁さが、より際立っている。
 
<koala>

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